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【書くことは考えることだ】山田ズーニーさん『伝わる・揺さぶる! 文章を書く (PHP新書)』をよんで。

 

書くことは考えることだ。だから、書くために必要なことを、自分の頭で考える方法がわかれば、文章力は格段に進歩する。

【はじめに】

こんにちは、Kindlizedです。

本エントリーは、山田ズーニーさんの『伝わる・揺さぶる! 文章を書く (PHP新書)』を取り上げます。

 

文章の書き方について、その「心構え」が学べる1冊です。

 

もし「自分が文章を書く意味について悩む人」がいれば、

あるいは「自分の思っていることが上手く表現できなくて悩む人」にも、私はこの本をを読むべき1冊としてお勧めします。

 

特に、プロローグとエピローグに書かれている文章は文章全てを引用したいくらい胸に来るものがあります。

 

当ブログでは第1章を中心にご紹介します。

 

本日の1冊

 

目次

  • プロローグ
  • 第1章:機能する文章を目指す
  • 第2章:7つの要件の思考法
  • 第3章:伝わる・揺さぶる!文章の書き方
  • 第4章:より効果を出す!テクニックー上級編
  • 第5章:その先の結果へ
  • エピローグ

著者:山田ズーニー 

略歴・概要 (wikiより)

1984年、福武書店入社。進研ゼミ小論文編集長となり、通信教育の企画・編集・プロデュースに携わる。
2000年に独立してフリーランスに。同年5月より「ほぼ日刊イトイ新聞」にてコラム「おとなの小論文教室。」をスタートさせ、長期連載となる。
中高生、大学生から社会人、教師、プロのライターまで幅広い層の教育に携わっている。仕事としては執筆のほか、講演、大学の講義、企業研修、テレビ講座、ワークショップなどで活動している。
宣伝会議では「編集・ライター養成講座」の東京教室で「表現力養成トレーニング」の講師を担当。

紹介文にある、ほぼ日の「おとなの小論文教室」はこちら

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

 

書くことは考えることだ。(プロローグより)

このエントリーの冒頭でも引用したこの1節から本書はスタートします。

 

「書くことは考えることだ」続けて著者は尋ねます。

 

「ではあなたは暗記と応用ではなく、『自分の頭でものを考える方法』を習ったことがあるだろうか?」

 

 

おそらく私たちの多くは習ったことはないでしょう。

 

 

そのような「考えること」ができない「考えない」人は、

「実は深く傷ついてる」と著者は形容します。

なぜなら「考えない」というのは、自然天然な状態でなく、不自由なことだと。

 

著者は、学生の文章指導の際に、しばしば「考えない不自由」を目にしてきたと言います。

「『思っていることが書けない、苦しい』と、自分から訴えて来る生徒はまだいい。その痛みには可能性が感じられる。

だが、大きな葛藤もなく字数を埋め、その人自身が反映されていない文章に出会うとき、こちらまで何とも言えない不自由な気持ちになる。彼らに教えなければならないことは、価値観ではない。センスでもない。

たった一つ、自分の頭でものを考えるための具体的な方法なのだ」

 

そして本書の狙いが高らかに宣言されます。

それは、これから本書を踏み台に、文章力を伸ばそうとするあなたにも言える。
あなたにまず必要なのは、天性の表現力でも、センスでもない。
書くための要件を自分で考えるための、現実的でちょっとした方法なのだ(中略)
だから、自分を自分らしく外に向かって発現するために、さらに、自分の書いたもので相手を揺り動かすために、「何と何を考えればよいのか」、それらを「どう考えていけばよいのか」を、本書は具体的な方法として提案する。
ちょっとした方法を手に入れるだけで、あなたの文章は確実に進歩するだろう。  ただ、方法を手にしても、考えることは、もともと孤独で辛い作業だ。
考えて、問題点がはっきりしたとしても、それは予想以上に厳しい現実かもしれない。
例えば、想像以上の相手との距離、非力な自分の立場、これが自分かと疑うような本心に気づくことになるかもしれない。
 しかし、それでも思考を前にすすめたとき、見えてくるのは、他のだれでもない「自分の意志」だ。
 さらに、自分の意志を書き表わすことによって、人の心を動かし、望む状況を切り開いていけるとしたら、こんなに自由なことはない。本書を踏み台に、そういう自由をあなたに味わってほしい。

良い文章イコール「機能的な」文章

多くの文章読本がそうであるように、本書でも最終的な目標が最初に定義されます。

それは「機能する文章」を目指すということです。

書くことによって、あなたがあたなの潜在力を生かし、読み手を共鳴させることだ。読み手に、共感・納得・発見などの心の動きが生まれれば、やがてそれは、読み手の内部で大きな振動となって、読み手自身の潜在力を揺さぶり起こすだろう。そういうふうに人に伝わる、人を揺さぶる文章を目指そう。

これは理由あることです。

私たちが文章を書く場面を想像すれば、必ず「読み手」が存在し、「目的」「動機」があるわけですから。

もし悪いことに、「目的」が果たせなかったのなら、その文章は無駄な文章となってしまいます。

機能的な文章を書くために

文章の7つの要件

「機能する」文章を書くために、何を考えていけばよいか。

それについて著者は「7つの要件」をあげます。

  1. 意見
  2. 望む結果
  3. 論点
  4. 読み手
  5. 自分の立場
  6. 論拠
  7. 根本思想

これらから、実際に文章を書く上で基本となるのは次の3つの要素といいます。

  • 1:論点 何について書くか。
    自分が取り上げた問題。
  • 2:論拠 意見の理由。
  • 3:意見 自分が一番言いたいこと。
    1に対する結論

そして「機能文」が再定義されます。

 

つまり、

機能文とは、「自分が言いたいことをはっきりさせ、その根拠を示して、読み手の納得・共感を得る文章」だと。

言いたいことを発見するためには?

定義にもあるように「言いたいこと」がなければ文章は成立しません。

 

ですが、本当に私たちはは「自分の」言いたいことがあるのでしょうか。

 

テレビやネットといったメディアで「言われていたこと」を、さも自分の「言いたいこと」のように扱っているのではないか。

人は、どんなに幼くても、あの人ともこの人とも違う、何かを自分の中に持っている。
体内の感覚や意志を、掘り起こし、形にし、外界に問うてみるまで、自分の中のものが、ひん曲がっていると言われるか、素敵だと言われるかは、わからない。
“なんとなく”で生きるということは、自分の中にあるものと向き合わないことだ。
他人の言うことを仕入れては、切り分けて、外に出す。そんな受け売りを繰り返していると、自分の内面と、行動が離れていく。自分が、外界と関わっていることにならない。
 だから、考えることを通して、自分の内面を顕在化できないとき、人は静かに傷ついていくのだ。

ではその「傷ついている」状態から抜け出すためには、

自分の言いたいことを自分の中から「引っ張り出すため」には、

どうすればよいのでしょうか。

 

意見とは何か?

それは「問い」をもつことと著者は返答します。

意見とは、自分が考えてきた「問い」に対して、自分が出した「答え」である。

つまり、「問い」がなければ「意見」は存在しえないのです。

 

それなのに、私たちは「問い」を意識しないままに「意見」を言ったり、書いたりすることが圧倒的に多いと著者は嘆きます。

 

あるいは、「意見」そのものの不在の文章もよく見かけます。

「今日は、うちの子は、休ませるほどではないのですが、ほんのちょっとだけ熱があります。」

こうした文章は、数年間教育者をしていた私にはとても馴染みのある文章です。

親御さんはお子さんの体調を心配して上のような文章を書かれるのですが、具体的に何を「期待」されているのかは伏せられていてとても困ることになります。

 

話を「問い」に戻しましょう。

「意見」を引っ張りだすための「問い」。

「問いを持つこと」こそ「自分で考える」ための道具となります。

自分で「問い」を立て、自分で「答え」を出す、さらに、その答えに、新しい問いを立てる。問い→答え→問い→答えを繰り返していくことで、考えは前に進む。

「問い」の立て方も、

いきなり「大きな問い」に挑もうとするのではなく、

いくつかの「小さな問い」から洗い出す。

次に洗い出した「問い」から答えるべき「問いを選んだり、整理しながら、それぞれの「問い」について自問自答を繰り返す。

これを粘り強く繰り返していけば、自分の考えがはっきりする。それこそがあなたの「意見」となります。

「答え」の方は、意識しなくても探しているものだ。常に意識しなければならないのは、問い。「問い」を発見することだ。
学問も、問題解決も、「問い」の発見から始まる。(中略)自分にとって切実な問い、解きたいなぞ、まだ形にならない違和感も、独自の想像の芽であり、かけがえなのない価値がある

何のために書くか(望む結果)

機能文というからには、「どう」機能させたいかを明確にしなくてはいけません。

 

ですが、文章を書いているときに私たちは往々にして、思考の流れのままに、ペンの走るのに任せてしまい「なんのために」書いているのか見失うことがあります。

 

そんなときに有効なセルフチェックが著者から紹介されています。

何のために書いているのか、わからなくなってしまったら、次の順序で、自分に問いかけてみましょう。

  • 1.自分は今何を書いているのか? 書こうとしているのか?
  • 2.だから、何なのか? それは読み手にとってどんな意味があるのか?
  • 3.読み手にどうなってもらいたいのか? そのためにどう書けばよいのか

この中の3番目、読み手にどうなってほしいのか。

これを明確にイメージするために有効な方法も紹介しておきましょう。

それは

自分が書いた文章を読み終えたとき、読み手に、どう言ってもらいたいか、その言葉で結果をイメージするのだ。これなら、結果を具体的に描きやすい。

喜んでほしいのか、面白いと感じてほしいのか、それとも真摯に受け止めてほしいのか。

受け取った時の結果を意識するだけで文章のトーンはまったく別物になっていくはずです。

【あとがき】

最後までお読みいただきありがとうございました。

本エントリーでは、「7つの要件」の二つ目(望む結果)までをご紹介しました。

本文では、7つの要件の説明がつづき、さらに実践編へと入っていきます。

 

ところで本書の中で、著者は何度も「なぜ書くか」という問いへと立ちもどります。

1度や2度でなく何度も。執拗に。

それは山田ズーニーさんが常に抱いている「問い」だからでしょう。

かっこよくいえば「文章(を書く私)の実存」を問うこと。

ここに意識的な著者だからこそ本書を読み終わった時に

「書いてもいいんだ」という許し、

「私が書くことの価値」を認めてくれるような感慨を得ることになります。

 

むかし読んだブログ読本には、

「あなたの文章を読みたい人などいない」とありました。

だから「おもしろおかしく書け」と。

 

どちらが正しいということはないでしょう、

「読みたい人などいない」のだと実際思います。

 

しかしそれでも「書いて良い」と言い励ましてくれる本書の方を自分は好むばかりです。

 

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